私が開院した理由

幼少期から丈夫ではなかった私

高校卒業後にアルバイトで入社したのが健康食品の総合商社でした。
小さい頃からカラダが弱かった私はいつしか健康につながるようなビタミンなどに興味を持つようになり、そのまま社員として働かせていただくことになりました。

その後20歳の時に結婚しました。

いつかは自分で店を持ちたいと思っていたところ、ビタミンやプロティンを取り揃えた喫茶店をオープンしました。

おかげさまで少しずつ軌道に乗ってきて常連のお客様に喜んでいただき思い切って起業してよかったと思っていたのもこの頃でした。

貰い火の火災と交通事故に遭い足を骨折

毎日とても忙しい日々が続いていましたが、少しずつカラダの調子がおかしくなってきたのも開店して5年頃でした。

喫茶店は繁華街で営業してましたが、ある日隣が火災になり私の店も貰い火で燃えてしまいました。

火災もあり開店してから丁度5年頑張ったので閉店することを決断しました。

まさかの入院が2回も・・・

店を閉店してすぐに甲状腺の病気が見つかり3週間入院しました。

その後退院して自宅で休養中に交通事故に遭い骨折で1ヶ月入院しました。
この時ばかりは体を休めなよと神様が言っているように感じました。

リハビリ中に足裏マッサージの看板を見つけ行ってみました。

こんなに足が軽くてカラダが楽なんて・・・

すっかり魅了されフットセラピストとカイロプラクティックの学校に通い始めました。

学び始めて人間のカラダは奥が深すぎて学ぶたびに面白いなと思いました。

学校の中国人講師から南京中医薬大学をすすめていただき留学することになりました。

中国で推掌を学びました。
こちらの多くの病院ではマッサージや鍼治療があり東洋医学受けるのが当たり前なんだと実感しました。

その後も学びは続きカイロプラクティックの国際基準の資格を取得するために大阪まで通いました。

最後に

現在も学びを止めることはなく、今でも東京や大阪に毎月のように飛行機に乗って通い続けてます。

よく患者さんから、なんでまだ勉強するの?と聞かれることがあります。

学びに終わりがないですし満足したらそこで終わりだからです。

患者様から頂いた治療代を大切に使わせていただくためにセミナーや学会に行かせていただき少しでも最新の技術や医療情報をここ熊本で発信したいからです。

辛い症状で通院して頂いた方が、「良くなってきたよ」 「なんか変わってきたよ」
と言われた時が一緒に喜べるしこの仕事を選んで本当に良かったと思えるんですね。

私は若者のように楽しいイベントやかっこいいことはできないと思います。
今までたくさん経験や学ばさせて頂いたからこそ気遣いや心配りは誰にも負けないと自負してます。

是非、勇気を持って最初の一歩を踏み出してください。
全力で対応させていただきます。

最後までお読みいただきありがとうございました。